空間IT(S-IT)とは, IT(情報技術)のコアとなる空間情報に関する技術である.従来のGISが専門家向けの高価なツールとして発展したのに対し,S-ITは,ITと同様に広く一般市民を対象とし,われわれの生活環境の不可欠な要素になると予想される.
[GISからS-ITへ]
従来のGISは,専門家向けのツールとして発展・普及しており,一般市民を対象とはしていなかった.これは,空間データを作成するのに多大なコストが掛かることが大きな理由となっていた.一方,ITは,もともとは専門家向けの技術から始まり,現在では一般市民向けの技術へと進化した.この結果,ITはわれわれの生活習慣を変え,さらに従来のコンピュータ技術の在り方さえ変えてしまった.同様に,GISも専門家向けのシステムから,より広い範囲をカバーするという意味で,一般市民向けへと進化しているのが現状である.次世代GISにおける最も重要な一般市民向け適用分野として「ヒューマンナビ」がある.ヒューマンナビでは,大縮尺の地理情報が小縮尺の地理情報よりも重要である.「地理」という用語自体が一般に小縮尺や専門家向けに使われてきた.一方,「空間」という用語は,人間の活動のための空間である現実世界を設計する建築家に好まれて使われてきた.ヒューマンナビやITの観点からは,「地理」という概念よりも「空間」の方が,次世代GISの予想される利用形態をより良く反映している.そこで,GISの従来技術から発展した一般市民向けの技術を「空間IT」(S-IT:Spatial IT)と呼ぶようになった. S-ITは,ITのコア技術の1つになると予想され,S-ITはGISの分野だけではなく,ITがそうであるように,あらゆる応用分野を発展させるだろう.
[S-ITの3つの基軸]
S-ITは,以下の3つの基軸を中心にその範疇を考えると,その意義をとらえやすい.それぞれを簡単に説明すると,(1)従来のGISのITを一般化・高度化させる軸,(2)位置情報サービスによる社会形成の軸,(3)人間中心のGISを実現する空間認知のデジタル技術の軸,と言える.
(1) GIS設計理論と実証(GIS Design Theory)
・空間情報の一貫性のある体系を追求(地物モデルを基本)
例.時空間モデル論,クリアリングハウス,伝統的GIS,
空間データの品質管理,3次元GIS,空間データマイニング
(2) 位置情報サービス社会(Location Based Service Society)
・空間情報利用の開放性を追求(空間コンテンツ流通の普及の実現)
例.モバイルユーザ環境,空間コンテンツ流通,
サイバースペースと現実世界のアクセサビリティ,
市民参加型S-IT社会,ボトムアップ型空間データ基盤
(3) デジタル認知空間(Digital Cognitive Space)
・ヒトの空間認知のデジタルモデルの解明と応用
例.デジタル地図学,デジタル略地図,
非地図利用者インタフェース(音声ナビ,映像ナビ),
サイバー建築学,概念空間の空間化
[GIS設計理論と実証]
政府や企業における空間データの厳格な利用および交換の実現と高度化を考えた場合,一貫性のある空間情報の体系化が不可欠である.このように,GIS相互間において,無矛盾な形態で多様な空間情報の交換の実現をめざして,地物モデルという理想的参照モデルを基本に各種地理情報の標準が国内および国際レベルで整備されつつある.
[位置情報サービス社会]
従来のGISが一般に目的志向の閉じたシステムであるに対して,インターネットで代表される開放的な情報流通の枠組みがGISを一般市民向けに発展させると考えられる.IT分野においては,モバイルコンピューティング環境の充実に伴い,コンピュータは現在の機能からさらに発展して,利用する場所に制限されることなく人々の活動を支援するツールへと発展しようとしている.たとえば,コンピュータの存在は,デジタル秘書,デジタル友人,デジタルペットなどの存在へと変化する.位置情報サービス(LBS)は,このようなエージェントを実現するための最も重要な技術の1つとなる.エージェントは,主人の位置が分かっているので,その人の行動を記録し知的に支援すると期待される.
LBSは,時計に例えることができる.時計の普及により,一般市民は「時間」情報を手に入れることができた.一方,LBSの普及により,人類史上初めて一般市民が日常的に「空間」情報あるいは「位置」情報を手に入れることになる.今日の社会は,時間を基準に回っていると言って良い.LBSが安定して安価で提供されるようになると,「空間」を基準にしたさまざまな管理方法が社会の根幹に加わり,社会のシステムを変革するだろう.LBSの出現により,一般市民が普通に空間データを生成し,大量の空間データがさまざまなマルチメディア情報と共に流通するようになる.未来の地図は,このような一般市民が生成した空間データを集約したボトムアップ型空間データ基盤に置き換わる可能性もある.これは,測量あるいはGISのダウンサイズ化とも言える.LBSのもう1つの側面として,われわれが自分自身の個人的な空間データを所有することになることが挙げられる.空間データのパーソナライゼーションを実現するためには,システムと人間の認知との親和性の実現が重要な課題となる.
インターネットの出現により,地理的な位置に依存せずに全世界的にネットワークを介して誰でも自由に情報を交換できるようになった.しかし,このネットワーク情報空間,つまりサイバースペースが現実空間の位置とうまくリンクしていないことが問題であり,サイバースペースの本来の可能性を小さくしている.今後,このサイバースペースと現実空間の位置とをスムーズに,かつ自由にリンクさせるサービスを実現することにより,現実空間でのわれわれの活動とインターネットに展開された情報空間とを自然に結び付けて,人間の日常生活を多角的に豊かにさせることができるだろう(有川,2002)(Pesce,1994).
[デジタル認知空間]
われわれは何かを理解するときに空間メタファを用いる.つまり,われわれは頭の中に図や地図を描いて,自分や何らかの対象がどこにいるのか,どのような状況にあるのか,今後どのように動けば良いのかなどを把握し,理解し,判断している.一方,測量技術の確立により客観的な空間データを構築でき,多くの人々が確実に空間データを共有できる枠組みが実現した.しかし,測量により作られたメトリック地図をベースにして作られた地図を利用者インタフェースとしてそのまま利用することが良いかどうかが疑問視され始めている.その現れとして,空間認知を考慮したデフォルメした略地図や,非地図インタフェースである,文章や音声による案内の枠組みによる商用サービスが,ヒューマンナビにおいて出現してきた.さらに,空間に対する直接的な利用者インタフェースとして実世界型インタフェースがあり,バーチャルリアリティ(VR: Virtual Reality)の分野では拡張現実感(AR: Augmented Reality)と呼ばれている.ARとは,現実世界の映像に対して,人工的に生成されたグラフィックス,たとえば,注釈等を3次元的に合成させて表示するシステムである.このように,人間への情報伝達の効率を上げることは今後ますます重要視され,利用者インタフェースはデスクトップから空間へと広がって行くと考えられる.都市インフラとサイバースペースとの融合において,空間認知の要素をシステムに導入することが必須となるだろう.
[有川正俊]
■文献 [1]有川正俊(2002):位置情報サービスとサイバースペースの融合,日本バーチャルリアリティ学会誌,特集:サイバースペースとVR,7(3),pp. 120-125. [2]Pesce, M., Kennard, P., Parisi, A. (1994):Cyberspace, the 1st Int'l Conference on the World Wide Web. ■参考URL 空間IT分科会,地理情報システム学会: http://www.s-it.org/ サイバーアシスト研究センター: http://www.carc.aist.go.jp/ MIT Project Oxygen: http://oxygen.lcs.mit.edu/[Ver 0.51 last updated on sept 3rd at 9:41]